報道・表現の危機を考える弁護士の会

  本日午前 (2005年10月11日)、私たち 「報道・表現の危機を考える弁護士の会」 は朝日新聞社に対して、 会世話人の澤藤統一郎弁護士、杉浦ひとみ弁護士が申し入れを行い (下記申入書参照)、 午後2時からは記者会見を行って、「緊急声明」 を発表しました。
  記者会見には、会から梓澤和幸弁護士、澤藤統一郎弁護士、杉浦ひとみ弁護士、関哉直人弁護士、日隅一雄弁護士が出席しました。


緊 急 声 明
2005年10月11日

報道・表現の危機を考える弁護士の会


  朝日新聞社が、10月1日付朝刊で、NHK 「番組改変」 報道に関する第三者機関 「NHK報道」 委員会 (以下「第三者委員会」 といいます) の見解及びそれを受けた朝日新聞社としての見解を発表したことについて、 当会は、朝日新聞社の見解は民主主義に資するべき報道の自由の観点から看過できない問題があると考え、 本日、朝日新聞社に対し、別紙のような申し入れを行いました。

  私たち 「報道・表現の危機を考える弁護士の会」 は、NHK 「番組改変」 問題を契機として、 市民に事実を伝える過程に政治的介入があれば、民主主義は回復不可能になることを危惧する弁護士有志で結成されました。

  当会は、今回の朝日新聞社の見解が朝日新聞社の権力監視機能を減退させるものになることを懸念しているとともに、 他のメディアが今回の朝日新聞の見解報道について 「取材が不十分であった」 旨の批判的報道を行う傾向があることに対しても、 危惧感を抱いています。そこで、当会は、表現の自由擁護の観点から、次のとおり緊急声明を発表します。

1 報道機関の使命

  そもそも、報道機関の第一の使命は、権力監視機能である。このことは、別紙申入書に詳述したとおりである。 報道機関は、自己統治の観点から優越的権利とされる表現の自由のもと、その情報収集力と伝播力を駆使することで、 企業として活動している組織である。したがって、報道機関は表現の自由を享受する反面、自己統治を推進するにふさわしい報道、 すなわち、権力を監視する報道を行うことが要請されている。

2 朝日新聞の記事には、真実相当性が優に認められる

  第三者委員会の結論は、政治家から異議が唱えられた @安倍議員がNHK職員を呼び出したか否か、 A中川議員は番組放送前にNHK職員に会ったか否か、という点も含め、 取材記者が真実であると信じたことに相当の理由があるというものである。

  圧力をかけた安倍・中川両議員及びNHK松尾武放送総局長 (当時) のいずれもが、取材時には、圧力の存在を認めたばかりか、 上記@及びAの事実を認めていたのである。また、朝日新聞が第一報 (1月12日付記事) を報じた後、安倍・中川両議員らは、 その言を覆したが、新たな主張が正しいという客観的な裏付けは何もない。

  結局、圧力をかけた具体的場面は、密室での出来事であり、究極的には当事者の証言によるほかない。

  そして、上記のとおり、当事者は全員、圧力の存在を認めていたのである。

  したがって、朝日新聞のNHK 「番組改変」 報道には、優に真実相当性が認められるのである。 批判されるべきは、言を左右にした安倍・中川両議員である。

  3 取材不十分と報道することの危険性

  報道機関は、調査報道をするにあたって、捜査機関のような強制的な調査権限は有していないため、調査報道について、 細部まで正確を期することは困難である。最高裁 (昭和58年10月20日判決・判例時報1112号44頁) が 「重要な部分につき真実性の証明」 があれば足りるとしたのは、まさに、報道機関に調査権限がないことを考慮したからである。

  したがって、報道機関は、上記判例及び 「その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときには、 右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しない」 とした最高裁判例 (昭和41年6月23日1判決) に依拠して、 報道の自由を守るべきであり、重要部分の真実性、真実相当性が存在するのであれば、当該記事の正当性を世に訴えるべきである。

  しかるに、朝日新聞は極めて自制的な見解を表明し、その見解に対して、他の報道機関の多くは、 取材が不十分であったことを認めるものだとして、その不十分性を批判する報道を行う傾向にある。

  しかし、そのような報道は、表現の自由・報道の自由を侵害するもの、すなわち、重要部分に限定する判例、相当性の判例以外に、 わざわざ、新たな規範を設けて、自らの手足を縛る行為である。自らが朝日新聞の取材記者の立場に立った場合、 両当事者が疑惑を認めているにもかかわらず、それを報道しないという選択をするだろうか。

4 報道機関は連帯してその権利を守らなければならない

  NHK 「番組改変報道」 は、前述のとおり、権力監視の観点から高く評価されるべきものである。 それにもかかわらず、自民党は調査プロジェクトチームを設けてまで、朝日新聞に対して、圧力を加えた。 一時は朝日新聞社の取材を拒否する旨発表したほどである。 政権与党が党を挙げて抗議する狙いは、権力に不都合な記事は掲載させないという意図を明確に示すことであろう。 まさに、報道機関に対する政治圧力である。これに対して各報道機関は一致して、そのような不当な圧力に抗議する必要があった。 にもかかわらず、他の報道機関も朝日新聞の取材のあり方を批判するやに取られるような報道をすることは 報道機関があげて権力に追従してしまうことに他ならず、 報道機関のもつ権力監視という使命を自ら放棄したと判断せざるを得ない対応である。 当会は、報道機関に対して、他社の報道の自由の危機を放置することが自らの報道の自由の危機に直結するものであることを 十分に認識し、責任ある報道を行うよう求める。


代表世話人 梓澤 和幸
世話人  池田真規 板垣光繁 打越さく良 内田雅敏 宇都宮健児
      大久保賢一 大山勇一 海渡雄一 木村晋介 金城 陸
      児玉勇二 坂井 眞 澤藤統一郎 杉浦ひとみ 鈴木敦士
      関哉直人 田部知江子 佃 克彦 徳岡宏一朗 内藤 隆
      中川重徳 中山武敏 福山洋子 山内康雄



申 入 書
2005年10月11日

朝日新聞社社長秋山耿太郎殿

報道・表現の危機を考える弁護士の会


  貴社は、10月1日付朝刊で、NHK 「番組改変」 報道に関する第三者機関 「NHK報道」委員会 (以下 「第三者委員会」 といいます) の見解及びそれを受けた朝日新聞社としての見解を発表しました。 しかし、貴社の見解については、民主主義に資するべき報道の自由の観点から看過できない問題があると言わざるを得ません。

  私たち 「報道・表現の危機を考える弁護士の会」 は、NHK 「番組改変」 問題を契機として、 市民に事実を伝える過程に政治的介入があれば、民主主義は回復不可能になることを危惧する弁護士有志で結成されました。 当会は、今回の貴社の見解が、貴社及び他の報道機関の権力監視機能を減退させるものになることを懸念し、 貴社に対し、下記のとおり申し入れます。


1 本件報道を誇るべきである〜記事の核心部分は真実であった

(1) 貴社は、NHK 「番組改変」報道の最初の記事 (以下 「第一報」 という) について、「『呼び出し』 については (第三者) 委員会から 『詰めの甘さ』を指摘されました」 としたうえ、「記事の中に不確実な情報が含まれてしまったことを深く反省しております」 と表明し、そのうえ 「詰めの甘さ反省します」 との見出しを第一面の記事とした。

  しかし、NHK 「番組改変」 報道の核心は、NHK幹部に対して、安倍晋三、中川昭一両議員が圧力をかけたことを明らかにしたことにある。

  この点について、安倍氏は第一報報道後自らのホームページで 「私は、NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で 報道すべきではないかと指摘した」 と認め、中川氏は第一報直後のコメントで、 「公正中立の立場で放送すべきことを指摘した」(1月13日付毎日新聞) と述べている。 すなわち、特定の番組制作にあたり、政治家が放送局に当該番組の内容について意見を述べたということ自体は真実であり、 そのこと自体が、政治家による報道の自由に対する圧力であることは疑いようのない事実である。

  このことは、「NHK幹部 (後に松尾氏であることが報道された) が 『圧力と感じた』 と述べた」 旨報じた第一報を、 その後松尾氏が否定して 「『政治的圧力は感じていない』 と答えた」 との反論を行ったが、第三者委員会が、 その反論は信憑性に欠けると判断したうえ、7月25日付特集 「取材の総括」(以下「総括報告」 という) に関するコメントとして 「政治家の言動が番組の内容に少なからぬ影響を与えたと判断したことは、読者の理解を得られよう」 と述べていることからも、 客観性ある評価である。

  そもそも、報道機関は、調査報道をするにあたって、捜査機関のような強制力のある調査権限は有していない。したがって、 報道内容について、細部まで正確を期することは困難である。最高裁 (昭和58年10月20日判決・判例時報1112号44頁) が 「重要な部分につき真実性の証明」 があれば足りるとし、真実性が必ずしも細部にまでわたって要求されないとしたのは、 まさに、この点を考慮したからである。

  NHK 「番組改変」 報道の第一報における重要な部分とは前述のとおり、政治家がNHK職員に圧力をかけたか否かであるところ、 その点については、上記のとおり、第三者委員会も、真実性を有することを認めている。

(2) しかるに貴社は、「記事の中に不確実な情報が含まれてしまったことを深く反省」してしまった。このように反省した結果、 今後貴社は、権力を行使する者の批判記事を掲載する際、細部にわたって真実であることが裏付けられた記事以外は 掲載できなくなる恐れがあり、それは調査報道の掲載を決めるデスク、部長、編集局長らの掲載意欲を減退させる可能性が大きい。 いわゆる萎縮的効果である。調査報道が紙面に掲載されにくくなれば、取材にあたる記者の熱意をも失わせてしまう。 このように貴社の今回の対応は、事実を調査して市民に伝えるという役割を担う報道機関にとって、 あまりに大きな弊害をもたらすものである。

2 ことさら真実相当性以上の裏付けを求めることの問題性

(1) NHK 「番組改変」 報道を巡っては、事実関係について、@安倍議員がNHK職員を呼び出したか否か、 A中川議員は番組放送前にNHK職員に会ったか否か、について、両氏が否定したことからクローズアップされた。 しかし、これらは、いずれもNHK「番組改変」報道の重要な部分ではなく、 本来、真実性や真実相当性を問題とする必要もない事柄であった。

(2) 第三者委員会は、上記2点についても争点として取り上げ検討したが、@安倍議員がNHK職員を呼び出したこと、 A中川議員は番組放送前にNHK職員に会ったこと、の2点に関し、「それ(安倍氏の 「呼び出し」) を前提とする取材記者の質問に、 松尾氏、安倍氏とも否定せずに答えていることがうかがえる」、「松尾氏、中川氏の双方とも取材記者に対し、終始、 放送前日に面会したとの認識をもって応対したことがうかがえる」 として、 取材記者が真実であると信じたことには相当の理由があると結論づけたのである。

(3) それにもかかわらず、貴社が1で述べたとおり 「記事の中に不確実な情報が含まれてしまったことを反省」 したことは、 不要であるばかりか悪影響を及ぼすことにさえなるのである。

  公共性のある事柄については「その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときには、 右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しない」と判示して、 表現の自由の重要性を示した最高裁判例 (昭和41年6月23日1判決) に依拠するなら、報道機関は、調査報道をするに当たって、 真実相当性が存在するのであれば、堂々と当該記事の正当性を訴えるべきである。 もちろん、より緻密な取材を目指して内部で取材のあり方を検討することは望ましい。 しかし、真実相当性があることまで 「不確実な情報」 と表明することは許容される表現の範囲を自ら狭めてしまうことであり、 記者の意欲を殺ぎ、調査報道ひいてはジャーナリズムの権力監視機能を減退させることにつながるものであって、 その弊害は大きく看過できるものではない。

  NHK 「番組改変」 報道は、政治家とNHKの関係をえぐったスクープであり、誇りこそすれ、謝罪するような記事ではない。

  取材対象が隠そうとする情報をあばく際、記者は寝食を削って調査をする。 貴社の記者が今後、調査報道へのそのような意欲を燃やし続けられるよう、NHK 「番組改変」 報道について再評価をするよう求める。

3 報道機関の使命

  そもそも、報道機関の第一の使命は、権力監視機能である。そして、この権力の監視という報道機関の役割は、 自己統治 (国民が自ら政治意思決定に関与すること) の観点から他の人権よりも優越的とされる表現の自由によって厚く保障されている。

  これは、例えば報道した内容が他人の名誉を毀損するような内容であっても、その真実性、真実相当性があれば、 名誉毀損の不法行為が成立しないことを想起すれば明らかである。表現の公共性及び公益目的性がある場合には、 例え人の名誉が毀損されるような情報であっても、それを流通させることが要請されるのは、 そのような情報が自己統治に資するからである。

  自己統治を背景にした報道機関の表現の自由は、情報受領者から企業として収益を得る責任の下に保障されているのである。 そして、自己統治に寄与する情報とは、単に政府などの行政機関や企業などが発表した情報をそのまま伝えるものではなく、 国民に代わってそれらの情報を批判的に検討した結果でなければならないし、 行政や企業の不公正な行為を独自の取材努力によって明らかにするような情報でなければならない。

  この意味で、貴社によるNHK 「番組改変」 報道は、まさに報道機関の使命を全うするものであり、「反省」 という言葉が妥当しない、 価値ある報道というべきものである。それゆえ、第三者委員会も 「一連の報道は、公共放送と政治という 『表現の自由』 にかかわる重要な問題に切り込んだ。このことはジャーナリズム活動として評価できる。」 との見解を表明し、 各委員も 「公共放送と政治の重大疑惑を独自に探知、追及した朝日記者のジャーナリズム精神と努力を高く評価したい。」 「今回の報道の意義は、政治とメディアの距離という重い課題を取り上げ公権力の監視というジャーナリズムの役割を果たしたことであろう。」 と評価しているのである。

  私たちはあらためて、今回の報道を通じ貴社がジャーナリズムの本来的使命を果たしたことを評価するものである。 同時に、貴社において10月1日付記事をもって 「反省」 という言葉で幕引きを行うことは、報道の権力監視機能を弱体化させ、 国民の知る権利にとって重大な障害をつくりだすことになるとの危機感をもつものであり、 私たちは貴社の今回の対応に、強く抗議するものである。

4 権力を監視することこそ信頼を回復する方法

  報道などによれば、貴紙の購読者数は減少傾向にあるという。その減少に 「武富士問題」 や 「虚偽メモ問題」 などの不祥事が影響していることは間違いない。

  しかし、NHK 「番組改変」 報道に関しては、記者の取材のあり方を問題とするというより、 報道機関として権力に正当に対峙していない貴社の姿勢こそが重視されているのである。 第一報に対し社会の関心が一斉に集まり、公共放送と政治との関わりについて様々な議論を呼んだことにこそ、 社会の視線を感じるべきである。

  貴社が報道機関としての使命を全うすることは、貴社の信頼を回復する最も重要な方法である。

  今後、貴社が報道機関の第一の使命である権力監視機能を拡充させる方向でNHK 「番組改変」 問題、 その他の問題の報道に取り組まれるよう強く申し入れる。


代表世話人 梓澤 和幸
世話人  池田真規 板垣光繁 打越さく良 内田雅敏 宇都宮健児
      大久保賢一 大山勇一 海渡雄一 木村晋介 金城 陸
      児玉勇二 坂井 眞 澤藤統一郎 杉浦ひとみ 鈴木敦士
      関哉直人 田部知江子 佃 克彦 徳岡宏一朗 内藤 隆
      中川重徳 中山武敏 福山洋子 山内康雄